シュタインマン信子博士「世界のスタンダードは欧米だけではない」

東京大学文学博士であり、国際的なベンチャーキャピタル企業Double Feather Partners(以下、DFP)で総務部長を務めるシュタインマン信子氏。大阪外国語大学在学中に国費でクウェートへ留学しアラビア語を習得した後、20年以上にわたり西アジアやアフリカに関わる研究活動や仕事をされてきました。海外での経験を通じて、「世界の素晴らしいものはアメリカやヨーロッパが評価するものだけに限られるのではない。」と感じたというシュタインマン信子氏。海外生活を経て変化した自身の価値観や海外から見た日本について、お話を伺いました。


【高校生の時に英語文化に偏りを感じ、アラビア語を学んだ】


――アラビア語に興味を持ったきっかけを教えてください。


高校生の時に英語教育に厳しい学校の英語科に通っていました。授業などで英語で書かれたものをたくさん消化しているうちに、そこに表れているものの見方がすごく偏っている気がしたんですね。世界=英語=「普遍的」なのではなく、それは単に誰かの視点を反映したもので、日本人として私たちもその一辺倒な押しつけを許容しているんだと感じました、当時はその感覚を今のようにきちんと言語化できなかったのですが、大きな違和感を感じたのは事実です。

世界には、中国人が約14億人いて、インド人も約14億人いて、イスラム教徒は約16億人もいます。英語以外の言語を話す人たちがこれほどたくさんいるのに、彼らの声や彼らが好んで聞く音楽や楽しんでいる映画を、私たちはほとんど見聞きするチャンスがありません。当時は今のようにインターネットもありませんでしたし、ネットがあっても何がより高く評価されるかは欧米をスタンダードに決められていることが多いと思います。そこで世界をもっと違う視点から見てみたいと思うようになりました。選択肢としてロシア語かアラビア語があったのですが、子供のころから宗教に関わってきたこともあって宗教を深く学んでみたいと思い、アラビア語にしました。

<1997年クウェート留学中、同じ女子寮に住んでいた日本人留学生、台湾人留学生、韓国人留学生、中国人留学生と共に女子寮での料理会>


【いろいろな国の価値観に触れて考え方が変わった】


――アラビア語の習得後は世界の様々な国々に滞在し暮らされたということですが、異国での生活の中で感じた生きづらさなどはありましたか?


生きづらさはあまりなかったです。どこにいても学び多く楽しむことができました。現地で出会い仲良くなった人たちとは今でも連絡を取り合っています。ロシア、中国、ポーランド、シリア、レバノン、クウェート、イギリス、インドなど、様々な国に研究やプライベートなどで長期滞在したり、その他にたくさん旅行もしました。どこにいても一緒に時間を過ごす人たちの影響は大きく、自分は恵まれていたと思います。ただ、唯一ドイツだけはその国民性が嫌いで、これ以上は住みたくないと思っています。ドイツには結局5年ほど住んだのですが、その間は自分の視点を変えるために試行錯誤はしました。例えば、フランクフルト・マイン祭りで3日間限定でお好み焼きを売ってみたら、ドイツ人が1時間以上の列を作ってくれ、その時ばかりは彼らを愛おしく感じたこともあります(笑)。それでもアジア人女性として差別を受けることが多く、また欧州人同士、同じドイツ人同士でもマウントし合う文化なので、彼らの優越意識を確固たる前提とした上で心を通い合わせたり信頼関係を築くのは難しいと思いました。私は好奇心が旺盛で、違う文化の中に入って人と繋がっていきたいという気持ちが強いんです。海外だけでなく日本各地の文化も本当に多様なので、よく国内旅行もします。1ヶ月単位で軽自動車を借りて車中泊しながら旅をするんです。最近は南九州に1ヶ月行ってきましたが、自然も人も文化も本当に素晴らしかったです。ドイツのエピソードはありましたが、基本的に私はレジリエンスが高く、常に好奇心が優るので、あまり生きづらかったということはなかったですね。

<1997年クウェート留学中 隣は仲良しだったロシア人留学生のアナスタシア、その他韓国人留学生、台湾人留学生、エチオピア人留学生と一緒に海辺のカフェにて>


――唯一ドイツで風当たりが強かったということですが、ドイツ人とご結婚されているのですよね?


そうなんです、夫はあまりドイツ人らしくないドイツ人なんですよ(笑)。友達には「Noと言えないドイツ人」と言われています(笑)。ドイツ人の大半は、基本的に他人の立場に立つことが極めて稀で、自己正当化と承認欲求の攻撃的なエネルギーが強いです。日本人とほぼ正反対ですね。主人はEQこそ高くないものの攻撃的ではないのですが、やはり生まれも育ちも違うので、最初はすれ違うことがたくさんありました。離婚の危機もありましたが、お互いが視野を広げて考え方を改めることで、今ではとても仲良しのパートナーになれました。自分がありのままを受け入れてもらうと心地良いように、自分も相手をありのまま受け入れることの大切さをこの結婚から学んだと思います。



【アフリカの人たちの印象は勤勉で真面目】


――現在、Double Feather Partners(DFP)ではどのような活動をされているのでしょうか?


DFPは基本的に、アフリカのスタートアップ支援をしていますが、その中で私はアドミニとして会社の基盤を整えつつ、各プロジェクトのサポートをしています。個人としては、DFP以外のわらじも履いていて、夫とドイツで貿易関係の会社を経営したり、ハンガリー系の製薬会社の雇われ社長を務めたりもしています。本当にやりたいことは、白人至上主義を意識的に打破し、自己肯定感を高める啓蒙活動です。DFPでの仕事も、私が高校時代からもっていた問題意識の具体的解決に向けた活動に他なりません。



――DFPではたくさんのアフリカの人が働いていますが、アフリカの人たちの印象はどうでしょうか?


アフリカ人に対してもしかすると一般的に「あまり働かない」とか「ルーズだ」という偏見があるかも知れませんが、実際一緒に仕事している同僚たちは誰もがとても勤勉で真面目です。頭脳も明晰でスキルもかなり高く、正に偏見の真逆だというのが私の体験です。アフリカや西アジアは、植民地支配が終わった今でもどうしても欧米諸国に搾取されやすい構造の中にあります。彼らが人間らしく尊厳を保ちながら経済的自立を果たし、誇りをもって繁栄できるように微力ながら協力して一緒にできることをしたいと思ってます。私が白人至上主義について言及すると、彼らとは一瞬で理解し合えるものが生まれるのはとても面白いことで、良い励みにもなります。

<JICEインターンとDFP同僚たちとともに日比谷のオフィスにて>

<JICEインターンとDFP同僚とともに日比谷のオフィスにて>


【視野を広げて幸せになれるアクションを自ら起こしていく】


 ――最後に伝えたいメッセージをお願いします。


日本では、過去より減少したとはいえ、毎年自殺する人が2万人以上もいます。海外経験のある私からすれば、これほど素晴らしく恵まれた国はなかなかありませんし、こんなユニークで稀有な国に生まれた幸運な存在が自殺を選ぶことが残念でなりません。自殺の原因は色々ありますが、一つには自己肯定感の低さが関係していると思います。日本では、なぜか他国と比べて日本が劣っているという偏見が日常茶飯事に受け入れられています。他者とは、主に欧米諸国、最近では他のアジア諸国も含んで、「日本はまだまだ」「日本はダメ」的な言葉があらゆる業界や年代層にも浸透しています。こんな言説に日々晒されていたら自己肯定感が育つはずがありません。控えめに言っても、日本が自信をもってよいファクトは実に数多くあります。データの偏った解釈に惑わされず、もっと一人ひとりが自己を肯定することを覚えてほしいです。自己肯定を大前提に周りをもっと広く深く見るようにしてください。

偏見は誰にでもあり、偏見がない人はいません。大切なのは、「誰もが何かしの偏見があるよね」というのを理解することではないかと思います。例えば、豚を殺して食べる人たちが犬を殺して食べる人たちを侮蔑することがあります。だけど、動物を殺して食べるという行為は同じですよね。そこに欧州というレンズがかかると何だかポジティブに見え、「途上国」のレンズがかかると何だかネガティブに見える社会がある。そのような偏見が与える精神的影響や経済効果は実際とても大きいものです。

大切なのは、「きちんと探すこと」そして「しっかり見て考えること」。周りの人たちだけでなく、時には今の自分の常識を疑いながら探してみてください。「人生はできるだけ幸福に生きたもの勝ち!」だと私は思っています。自分はどうしたら幸福になれるのか、どんな社会貢献ができるのか、他者を幸せにしながら自分も幸せになるアクションをどんどん起こしていっていただきたいです。

<アフリカスタートアップイベント>


<取材後記:李香玉(Lee Hyang ok) >

この度はインタビューデビューという事で、初めてのお仕事としてシュタインマン信子様にご依頼をさせて頂いたのですが、とても快くお引受け頂き、まずはこの場をお借りしまして感謝の言葉をお伝えしたく思います。
「シュタインマン信子様 
この度は至らない点が沢山あったにも関わらず、お忙しい中ご対応頂き本当にありがとうございました!」
編集後記という事なんですが、まずはシュタインマン信子様にインタビューすることができて、私自身本当に良かった!良い体験をしたというのが一番の感想です。
それと同時に自分自身が偏見の塊だなと実感させられました。もっと世の中を人々を何の色眼鏡もなく見れば、接すれば、もっともっと沢山の素敵な発見や出会いがあったのではないかと強く思いました。世界は196ヵ国あります!この世界にはもっともっと素晴らしい文化や人々がいるはず!まずは先入観や偏見をなるべく取っ払い、フラットに世の中を見て、接して見ようと思えました!



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