荒木ゆかりさん 全国で初めて福祉ネイリストという職業を確立―原動力は人からの「ありがとう」

 高齢者や障がい者にネイルを施す福祉ネイリスト。
一般社団法人シニアチャレンジッドメ ンタルビューティー協会(SMBA)の理事長である荒木ゆかりさんは、全国で初めて福祉ネイリ ストという仕事を確立されました。
始まりは、自身のネイルサロンにかっかってきた「杖 にデコレーションしてくれないか?」という1本の電話。たった一人の高齢女性のために 始めたネイルが、共感を呼び、人を動かし、一般社団法人シニアチャレンジッドメンタル ビューティー協会(SMBA)という法人を立ち上げるまでに至りました。現在、SMBAでは福 祉施設向けのネイルケアを普及させるため、ネイルスクールの運営や福祉ネイリストの育 成を行っており、500名を超える卒業生を輩出しています。「人の役に立ちたい」という 一人のネイリストのボランティア精神から始まった福祉ネイリストとは――。



〈始まりはデイサービスからの1本の電話〉

 ――福祉ネイリストというジャンルを確立されたきっかけを教えてください。

 きっかけは、「杖にデコレーションできますか」というデイサービスからの1本の電話で した。杖に装飾できない素材もあるため、実物確認のために施設を訪れました。依頼者の 高齢女性は脳梗塞で倒れてから、左手が麻痺し、足にギプスをはめている状況でした。聞 くと、病気をしてから家に引きこもるようになり、女性の夫の勧めでデイサービスを利用 されているとのことでした。女性の夫は「病気をしたからこそ綺麗でいるべき」というア ドバイスをするような素敵な方で、デコレーションもこの方の依頼でした。庭に咲くモク レンの花が大好きな女性の杖に、イメージに沿うようなデコレーションをして納品しまし た。

 納品の際に、マニュキアを持っていき、「プロのネイリストなので、良かったら塗らせて ください」と言いました。最初は「手に麻痺があるから結構です」と断られました。ヘル パーさんの勧めで渋々、手を出してもらい施術したのです。ところが、終わった後には表 情が一変し、にこやかな笑顔を見せてくれました。「よかった」と安心して帰路につきま した。翌月に施設の所長からネイルをして欲しいという依頼の電話があり、以来、毎月通 うようになりました。これが、福祉ネイルを始めたきっかけです。


〈ネイルサロンは敷居が高いということをはじめて知った〉 

――そこからどのようにして法人化に至ったのでしょうか?

この話が知り合いを通じて社会福祉法人の代表をされている方の耳に入り、他の老人ホー ムでも毎月、施術するようになりました。3回目の訪問時に、道に迷って、少し遅刻したこ とがありました。その時に、駐車場をのぞき込む一人の高齢女性の姿が目に入りました 。「もう来ないかもしれないと思った」と、とても心配そうに言われました。聞くと、老 人ホームに入る10年前に芦屋のサロンに通われていて、それが彼女の楽しみだったとのこ と。「当時の思いをずっと封印していたけれど、あなたが来るようになってワクワクが蘇 ってきた。来てくれないと困る」と言われたのです。その時に、初めて女性の思いを知っ て涙が出ました。「あなたのために通います」と約束することになったのです。

同じ時期に、ネイルサロンに車いすで通われているお客様に、「障がい者の就業支援作業所 にも来て欲しい」と頼まれ、伺うことになりました。就業支援作業所で何名かにネイルを してあげると、とても喜ばれました。話を聞いてみると、「車いすでネイルサロンに通う のは敷居が高いし、段差があるお店には入れない」とのことでした。その時に、障がい者 の方の思いも初めて知りました。

施術する場所が増えたことで人手が足りなくなりました。一緒に施術する人を探す過程で 、ネイリストの友達に相談したら、「もっと発信した方がいい。同じような活動をしたい と思っている人がたくさんいるのでは」と言われ、2014年の7月ごろから自分自身の活動 を発信するようになりました。個人として福祉ネイルを施すことに限界を感じるようにな ったこともあり、2015年の5月に法人化し、一般社団法人を設立しました。


<SMBA認定校を卒業し、全国で活躍する福祉ネイリストは約500名>

 ――現在(2017年11月末の時点)、福祉ネイリストとして何名くらいの方が活動されていま すか? 

福祉ネイリストの認定資格を持っている方は約500名です。


――福祉に関わってネイルを施したいとい方が潜在的に多くいらっしゃったのですね。 

2015年の5月19日にSMBAを立ち上げて、2016年にメディアに紹介されてから知名度が上 がり、問い合わせが増えました。また、福祉ネイルの活動をSNSなどで発信することで、 全国から問い合わせが増えていきました。その方たちがまた発信源となり、福祉ネイリス トという仕事が周知されるようになりました。ここまで広まっていくことは、正直、想像 していませんでした。


――資格を取得するにはどのような勉強が必要でしょうか? 

大阪の岸和田にある本校または全国27箇所にある認定校で資格が取得できます。カリキュ ラムの半分は福祉分野で、福祉施設の種類や高齢者心理、障がい者福祉などを学びます。 他にも、ネイルの技術講習や実地研修があります。実地研修は挨拶ができるか、配慮があ るか、身体の具合を伺ったかなど、20個項目があり、15個以上該当項目がないと合格でき ません。教科書はオリジナルで考案し、作成しました。介護資格の問題集や参考書で勉強 したり、有識者から学んだりしながら作りました。まだ改良の余地はあるので、今後も改 定していく予定です。


――福祉ネイリストを志す方は、ネイリストと福祉関係の方、どちらが多いですか? 

当初はネイリストを対象にしていましたが、最近では自分たちの職場で取り入れたいと、 看護師やヘルパーなど福祉関係の人が増えています。


――実際に卒業生が活躍されているのはどのような場所でしょうか? 

高齢者の介護施設、就業支援作業所、乳がんのクリニックなどです。乳がん治療で抗がん 剤を使うと、爪の剥離や内出血が起こります。変色した爪に濃い色のマニュキアを塗って あげ ることで、気分を和ませてあげることできます。


<ネイルの効果を学術的に証明する>

 ――今後はどのような活動にされていきますか?

医療に携わる人たちが、その志と思いをプレゼンテーションする「MEDプレゼン」という イベントで、仙台チームが医療関係者に福祉ネイルについて発信してくれました。これが きっかけで、訪問看護をしているチームに入れてもらえることになりました。看護の一環 として認められるようになり、嬉しく思っています。


――福祉ネイルの効果はどのようにして表れるのでしょうか?また、荒木様自身がそれ実感 することはありますか?

SMBAを法人化する前、就業作業支援所で働く自閉症の女の子に、ピンク色のマニュキア を塗ったことがありました。お別れの挨拶の時に、その女の子が手を挙げて「私、明日、 誕生日」と伝えてくれました。「誕生日プレゼントになってよかった」と思っていたら、 所長が涙を流して、女の子が自分のことを話してくれたのが初めてだと言ったのです。 その時に、ネイルには誰かの心に何かを響かせる力があると確信しました。証明できない ことをもどかしく思っていたところ、吉備国際大学の保健医療福祉学部理学療法学科で准 教授をされている佐藤三矢氏の研究を知りました。認知症患者を対象に、ネイルカラーリ ングセラピーを介入グループ、非介入グループに分けてQOLレベルを計り、ネイルの効果 を学術的に証明されていたのです。「まさに私がしたかったことです」と直接連絡を取ら せてもらい、一緒に研究することになりました。全国の福祉ネイリストに声をかけて、100 人ほどを対象に、施術後の評価表を取っています。QOLの質問では施術後に点数が上がる 方が多数で、食事に積極的になったり、体操のレクリエーションに積極的になったりする といった効果も表れています。来年の5月ごろに、認知症ケア学会に論文が発表される予 定です。佐藤先生が学術的に証明してくれることを大変、嬉しく思っています。


――今後はどのような活動にされていきますか?

療法として世間に認めてもらいたいと思っています。例えば、資生堂は化粧療法を確立し て、エビデンスを取っています。ネイルをすることによって、できるだけ元気な人を増や して、医療費や介護保険料の負担軽減にも貢献できればと思います。


――福祉ネイリストを目指す方にメッセージをお願いします。

目指す先に、待ってくれている人がたくさんいます。あなたが何人もの人を笑顔に、幸せ にできるという可能性を感じて欲しいです。やりがいがすごくある仕事なので、少しでも 興味があれば、是非トライしてください。泣くほど喜んでくれる人がいること、必要とさ れるということは嬉しいことです。目指すのであれば、たくさん「ありがとう」と言われ てきて欲しいと思います。その「ありがとう」があなたの原動力となっていくでしょう。




<取材後記:大洞静枝> 

1本の電話がきっかけとなり福祉ネイリストという仕事を確立された荒木様。「気になる 人には直接連絡してみる」「とにかくその場所へ行ってみる」という、ためらわない行動 力がとても印象的でした。福祉ネイリストという仕事を確立するまでに取られたいくつも の行動の傍らには、常に「人に喜んでもらいたい」という気持ちがあり、この思いこそが SMBAという法人の立ち上げ、そして全国にいる同じ思いを持つ仲間を集めるきっかけに なったのだと感じました。最後に、「障がいを持つ子どもを育てるお母さんや、介護で自 分の時間がない人など、何らかの理由でネイルができない人もどんどん利用してください」と話してくださいました。


あらき・ゆかり 

福祉ネイリストの第一人者として、福祉施設向けネイルケア普及のためのネイルスクール、ネイリストの協会を立ち上げる。SMBA(一般社団法人シニアチャレンジッドメンタルビューティー協会)理事長。モットーは、高齢者・障がい者の方々に笑顔を!ネイルの力で”癒し・元気・希望”を! 

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